亀田 圭一
日本チネイザン協会資格
レベル1
その他の資格
はり師、きゅう師、あん摩・マッサージ、指圧師
日本トレーニング指導者協会認定トレーニング指導者(JATI_ATI)
日本陸連医科学委員会医事部トレーナー部会トレーナー
日本NLP協会&全米NLP協会認定NLPプラクティショナー
Dynamic Neuromuscular Stabilization (DNS)エクササイズトレーナーPart3修了)
イーマ・サウンド®︎シニアプラクティショナー
活動地域
全国
活動場所
東京(表参道)
連絡先

すべてのお申込み・お問合せは以下のサイトよりどうぞ!
https://bodytips.co.jp

メッセージ

ヒトの体に携わって数十年、目に見えるエビデンスのある現代医学から、目に見えないエネエルギー科学の世界まで、広く健康を求める人たちにいろんなアイディアや技術を提供して来ましたが、チネイザンはどちらの要素も有るようで無い、無いようで有る。実に不思議な世界観をもっています。それは決して治療でもなければ、リラクゼーションでもない。じゃあ、何なんだ?と尋ねられた時、それを言葉にするのは難しい・・・のではなく、無理なんだと思っています。
それを無理やりすると陳腐なものになる。だから、ピピッと来た方はまず受けてみることだと思います。受けてみて100%後悔しないことは保証できます。なぜなら、ピピッと来た時点でもう始まっているので。是非、お試し下さい。

プロフィール

大学卒業後、いくつかの会社勤めを経て、単身アメリカへ。1年半ほど興味の赴くまま学び帰国。その後、外資系航空会社に入社し5年ほど務めるうち、新卒時に抱いていたスポーツの世界で働くという果たせなかった夢にどうしてももう一度チャレンジしたくなり一転、鍼灸学校に入学し、競技スポーツチーム専属のトレーナーを目指す。

鍼灸師免許を取得し卒業した2001年よりいくつかの社会人スポーツチーム専属トレーナーとして活動。スポーツの現場を去った後、広く一般の方のココロとカラダの健康に関するコンディショニング・トレーナーとして現在は表参道に場所を構え活動しています。

競技スポーツの現場に身を置き、勝負の世界の緊張感をずっと感じていたくて選んだこの仕事は、自分が心からやりたいと思ったことをまっすぐに目指し、現実化することが出来た、自分の人生最高の成功体験でした。30歳過ぎての転身にまわりのほとんどの人が否定的だったにも関わらず、それが出来たのは紛れもなく人との出会いに恵まれたことでした。

しかし、振り返って思うのは、トレーナーとして働きたい!という希望に向かって日々学び、アルバイトをしながら現場での経験を積んでいた数年間、まわりからは大変だねぇと言われていましたが、本人は毎日が楽しくて楽しくて夢のような時間を楽しんで過ごせたこと、それが夢の実現につながったのだと思っています。

さらに、その修行時代の数年間は正直、どんどん貯金はなくなり、やがて底を尽き、入ってくるものは僅かだったにも関わらず、絶対にトレーナーになるんだ!早くなりたい!なんてまるで思っていなかったことがよかったんだなぁと思います。ただただ、毎日が楽しかった。遊んでいる子供と同じ感覚だったのかもしれません。

その甲斐あってかどうかはわかりませんが、鍼灸学校を卒業と同時に社会人女子バスケットボールチームの仕事に就くことが出来ました。その後、ラグビーを始め、さまざまな競技スポーツのチーム・選手を裏でサポートするトレーナーとして活動することが出来ました。夢を実現してスポーツの現場に立ち続ける日々はずっと夢の中にいるような毎日でした。

その後、スポーツの現場を去り、そのキャリアを生かし一般の方の健康をサポートするコンディショニングトレーナーとして活動を始めました。当時はまだパーソナルトレーニングというものも世に出始めるかどうかくらいの頃で、なかなか一般の方への認知も進まず、集客にもとても苦労をしました。そこでお世話になった方々にも恩返しどころかご迷惑ばかり掛け、それまでのスポーツの現場で働いていた時のしあわせで夢のような時間とは真逆の毎日になっていました。

3年踏ん張った末、このまままでは先行き真っ暗にしか思えず、一念発起して大きな借金をし、2010年8月、渋谷のど真ん中に大きなジムを構えました。それが今のこのBODY TIPSのスタートです。スタッフも3人抱え、アスリートに提供していたトレーニング、治療、リハビリ、栄養士によるカウンセリングなど、あらゆるカラダに関するサービスを同じレベルで一般の方に提供する、当時もまだそんな場所は他にほとんどない時代にオープンしました。

しかし、ここでもまだまだこういうトレーナーの認知は進まず、かなり厳しい経営状況に”逃げる”ことも真剣に考えた時期もありました。そこに2011年3月の東日本大震災が起こり、終わったかなぁと内心そんな思いもよぎり…ところが、人生は予想を裏切ります。この震災を契機にその後じわじわとお客さんが増え始め、気づいたら忙しい毎日になっていたのです。

よく言われていた世評ですが、あの震災をきっかけに人々の意識が自分を大切にする生き方にシフトしたということなのか、本当に自分のカラダにお金をかけてケアする、トレーニングする人がどんどん押し寄せて来たのです。毎日忙しく、スタッフには大きな苦労をかけてしまいましたが、私もがむしゃらに働きました。いま振り返って、もう二度とあんな風には働けないし、正直働きたくないなと思うくらい働きました。

苦労かけっぱなしだったスタッフたちがそれぞれの決断でそれぞれの道に進み、1人になった私はそれを契機に表参道に移転し、今に至ります。2015年春のことでした。

1人になってからその身軽さに、今まで以上に興味を持ったものがあればすぐに出かけて行き、たくさんのことを学びました。そして、学んである程度それを実践し、自分に落とし込んだらアウトプットすることを課しました。

すでに2012年5月に初めてセミナーを開催していたのですが、その時のカラダの使い方を教えるセミナーが好評で、その後は運動指導者や一般のカラダを大切にする人たちにわかりやすい動くカラダの解剖学セミナーなど、さまざまな内容でお伝えすることを続け、気づいたら毎月欠かさずもう10年間いろんな方に伝えています。

1人になってはや7年、学んだことはカラダの域に止まらず、ココロのこと、エネルギーのことなど、1人の人のカラダを通してあらゆる相談に対応できるようになり、提供できるものにも自ずと変化があり、今までとは違うものを望んで来られる方も増えました。そして、何よりも自分が提供したいものが変わってきました。

その人がもっと気持ちよく毎日を楽しんで、1日1日を納得し、充実感にあふれた笑顔で生きていく、そのために不要なものは出し、必要なものは取り入れ、その人に最適なことを提供できるようラインアップしています。

ただ、人それぞれより快適な毎日を手に入れるために取り組む根っこがココロにあろうが、目に見えないエネルギーにあろうが、それに本人が気づく入口は必ずこのカラダにあります。それを感じ取れないで他のことに取り組むのは結果的に回り道になるかもしれません。だから、まずは自分のカラダに感謝して、意識を向けること、それがすべてのスタートです。

その私が掲げる理念にチネイザンがとてもフィットしていて、これから私の24年のキャリアのすべてを加えて、自分が目指すものを極めて行きたいと思っています。


経歴 Career
・青山学院大学女子バスケットボール部トレーナー(1999-2001)
・荏原製作所女子バスケットボール部トレーナー(2001-2002)
・日本IBMラグビー部チーフトレーナー兼フィジカルコーチ(2002-2007)
・神戸製鋼ラグビー部フィジカルコーチ(2008-2009)
・関西電力女子ボート部コンディショニング・トレーナー(2008-2009)
・柏日体高校男子バスケットボール部フィジカルコーチ(2009-2013)